パークホテル東京が2012年に始めた「アーティスト・イン・ホテル」は、客室をキャンバスに見立て、アーティストがホテルに滞在しながら作品を描き上げるプロジェクトです。
今回のインタビューでは、現在制作中のアーティストルームを訪問。壁面に向かい筆を進める田中望さんに、制作の手を動かしながらお話を伺いました。作品の着想や制作への思い、そして完成へ向かう過程ならではのエピソードをお届けします。
Q: これまでの歩みや、アートを始められたきっかけ、原体験について教えてください。
小さい頃から絵を描くのが好きで、毎日のように描いていました。ダンボール工作も大好きで、実家にたくさんあった箱でお もちゃを作ったり、好きなゲームや漫画のキャラクターを真似して絵を描くことが日常でした。ゲームやパソコンも好きでした が、外で体を動かしたり運動も大好きで、新体操を習っていたので、そこで得た身体感覚や筋肉の動きが絵を描く時にも 生かされていたのだと思います。
Q: 高校進学以降は、どのような道を歩まれたのでしょうか。
高校に進んでからしばらくは、将来を思い描けずにいました。公立の進学校に進んだものの、将来の仕事や生きる意味が 分からず悩んでいました。それでも「どうせなら好きなことができる場所へ」と思い、東北芸術工科大学へ進みました。 入学して3年間ほどは課題をこなす日々でしたが、大学で「民俗学」や「建築学」を学ぶうちに、地域に昔からある民家 やその土地の祭りに関する学びや体験を通して、“場所”や“暮らし”への関心が強くなっていきました。それにより大学4 年生の頃には描きたいものが見えてきて、ようやく「作品」と呼べるものが作れるようになった気がします。

Q:大学院に進まれてからは、各地の地域プロジェクトにも参加されていますね。
はい。大学院では「場所性の芸術(Placeness art)」をテーマに論文を書きました。地域プロジェクトに関わるなか で、「地域=地方」として東北のような辺境や過疎地だけが消費される見られ方に違和感を覚えていた為です。そこで、 あえて開発された場所やロードサイドといった“非場所性(Placelessness)”の視点もリサーチや作品の対象として試 みました。アートで地域性を発信するのではなく、アートだからこそ投げかけられる、その場所から生じる問いを投げかける 作品が作りたかったんです。

Q:今回の客室の制作テーマと、ウサギをモチーフに選ばれた理由を教えてください。
今回のテーマは、江戸時代の「茶色や鼠色(ねずみいろ)」です。華美なものを禁じるお上のお触れに対して、江戸の 庶民が茶色や青み・赤みを少しずつ混ぜ、地味な色のなかにこっそりおしゃれを楽しんでいた――そんな歴史にとても惹か れました。その江戸の人々の“心意気や反骨性”のようなものを表現したいと思っています。 モチーフには、歌川広重など有名な浮世絵の構図をベースにしていますが、あえて人間ではなく「ウサギ」に置き換えて描 いています。
Q: なぜ、人間ではなくウサギなのですか。
人間だと、どうしてもフィクションとして見てもらいにくくなるんです。事実にもとづいたフィクションを描くことで、ユーモアとして受 け取ってもらいやすくなるかなと思って。 ウサギを描き始めたのは大学3年生の頃です。高齢化で里山が過疎化し深い森に戻っていくと、山と都市のあいだのグ ラデーションが失われて、クマなどの野生動物が街に降りてくるという影響関係を授業で知りました。そのとき「里山で食料 を得ていた動物たちが、自ら畑を耕す」という絵を描きました。その作品が、身近な地域社会に生じる問題を考えるきっか けにならないかと思ったのです。いろいろな動物を描きましたが、ウサギは一番描きやすく、一般的には弱い存在として認 識される存在だからこそ丁度いいかなと。それ以来ずっと、ウサギを描き続けています。

Q:今の進み具合は、ご自身の感覚でどのくらいですか。
半分ぐらい、でしょうか。完成形自体は概ね頭のなかに見えています。
Q:今回の滞在で描いたなかで、一番気に入っている部分はどこですか。
照明を月に見立てて描いたところですね。「照明の白いカバーの裏にも描いて もいいですよ」と言っていただいて、思いついて描き進めました。当初の構想に はなかったのですが、鏡の縁を黒く塗って美人画の鏡とおそろいにしたり、デスク や引き出しも黒で合わせたり。制作しながら生まれたアイデアです。
Q:制作の途中だからこそ感じる、難しさや楽しさはありますか。
難しいのは、天井のような立体的な場所に描くときです。壁と壁のつなぎ目を どう処理するか。今は雲でうまく“ごまかし”ながらつないでいます。普段は平面の紙やパネルに向かって描いているので、空間の壁に直接立って描くのは体勢的にも大変で、腰が痛くなったりもします。 でも、入口から入った瞬間の印象と、なかへ進んだときの賑やかな雰囲気とが切り替わるように意識しながら進めていくの は、とても楽しいですね。窓の外の夜景を情景に取り込んで、実際に外を眺めているウサギを描いてみたりもしています。

Q: 普段のアトリエで制作するときと、このホテルの客室で描くときとでは、どんな違いを感じますか。
全然違いますね。滞在中はホテル周辺を歩いて見て回れたのが大きかったです。大門や東京タワー、浜離宮恩賜庭園 などを実際に歩いてみることで、自分のなかに“東京で暮らしている”ような実感が生まれました。最初に来たときにちょうど お祭りで神輿の行列を見られたのも大きな刺激で、絵の賑わい感にも影響しています。やっぱり、ちゃんと歩いて、実感を 得たうえで描くことは大事だなと思います。
Q: 制作中の一日は、どのように過ごされていますか。
だいたい朝食をいただいて、9時半か10時くらいから描き始めます。16時頃まで描いて、ご飯を食べに行って、戻ってき てまた描くか、疲れてたら寝る、という感じですね。夜は新橋あたりへ。ここは歩いて行ける距離に飲食店がたくさんあるの で、もっぱら新橋に行くことが多いです。
Q: このホテルの印象はいかがですか。
たくさんのアートホテルに泊まった経験があるわけではないので比較はできませんが、「アートホテル」というだけあって、来るた びに違う作品に出会えるのが素晴らしいですよね。なかなか美術館に行く時間を作れずにいますが、このホテルのなかでさ まざまな作家さんの作品を見られるので、知らなかった作家さんを知るきっかけにもなります。あえてホワイトキューブじゃな いところでさまざまな作家の作品に出会えることがとても面白いです。

Q:将来この部屋に泊まるゲストには、どんな体験をしてほしいですか。
観光した気分を味わっていただきつつ、絵のなかに描かれた場所――たとえば浮世絵に登場するような名所に、実際に 足を運んで興味を持ってもらえたら嬉しいですね。
Q.海外からのゲストも多いホテルですが、そうした方々へのメッセージはありますか。
制作中の服装のまま朝食会場へ行ったら、隣に座っていた海外の方から「Are you artist?」と声をかけられたことがあ りました。私は英語が話せなくて申し訳なかったのですが、その方に絵が完成したら見てもらいたいなと思いますね。どこか で見てくれているといいなと思います。
Q. 最後に、完成を楽しみにしている方へメッセージをお願いします。
頑張ります!制作が終わる頃には、自分が感じた“東京”があらわれたお部屋になっていたらいいなと思っています。

1989 年生まれ。芸術工学博士/アーティスト/東北工業大学ライフデザイン学部生活デザイン学科 専任講師 (2023.4~) 衣食住をはじめとした暮らしを取り巻く環境とそのコンテクストからなる場所placeを対象に、場所との関わりの中で 生じた問いをテーマに作品を制作する。現場での体験や文献調査、聞き書きなどをもとに、場所と人との関係性を 探り、絵画やエッセイ、アニメーションなどでの表現を行う。また、まちづくりとアートの関係について、地域における創造 活動の面から分析、実践している。芸術工学会会員、みやぎ在来作物研究会。